ワシントンDCにあるフォルジャー・シェークスピア・ライブラリー

もともと両親が、イギリスの劇作家であり詩人であったウィリアム・シェークスピア(William Shakespeare: 1564-1616)が大好きであったこともあり、私は物心ついた時から、『ロミオとジュリエット』、『ベニスの商人』、『真夏の世の夢』、『ハムレット』、『リア王』、『オセロ』、『マクベス』などシェークスピアの本はもちろん、映画や演劇にも慣れ親しんできました。彼の作品は人間の普遍的な心理をテーマにしているので、時代を超えて多くの人々に愛されてきたのだと思います。

 

米国に来てからも、ワシントンDCにあるフォルジャー・シアターで、観劇はなんどかしたことがありましたが、フォルジャー・シェークスピア・ライブラリー(Folger Shakespeare Library)にまだ行ったことはありませんでした。今回、ようやく行ってきましたので、そのライブラリーについてご紹介したいと思います。

 

ライブラリーは、ワシントンDCの米国議会図書館の隣にあります。ニューヨーク生まれの弁護士でかつスタンダード石油会社の会長であったヘンリー・クレイ・フォルジャー(Henry Clay Folger: 1857-1930)は、英語学の専門家であった妻のエミリー・クララ・ジョーダン(Emily Clara Jordan Folger: 1858-1936)とともに、生涯を通じて、シェークスピアの本や、関連資料を財力と情熱を持って一生懸命収集し、またそれらのコレクションを多くの人々に利用してもらうために、図書館創設を計画し、1932年に完成しました。

 


フォルジャー・シェークスピア・ライブラリーの外観と入り口。これらの写真も以下の写真もすべて10/11/2024 撮影

 

このフォルジャー・シェークスピア・ライブラリーのコレクションは、27万7千冊にも及ぶ本、6万点のマニュスクリプト、9万点のグラフィックマテリアル、そして25万点プレイピル(Playbill: 演劇のビラやポスター)があります。(参照:Collection size: https://folgerpedia.folger.edu/Collection_size?_ga=2.65915950.1484272461.1728840495-1390104131.1725294672 2023年2月15日現在の情報。)

 

シェークスピアは、エリザベス女王一世(Elizabeth I: 1533-1603)の統治下のロンドンで、ロード・チェンバレンズ・メン(宮内大臣一座Lord Chamberlain's Men)という劇団の幹部メンバーの一人となって、俳優兼劇作家として活躍し、エリザベス女王の後のジェームズ一世(James I:1566-1625) の時代には、その劇団は、キングズ・メン(国王一座:King's Men)となり、彼は引き続き、幹部メンバーとして、さらなる活躍をしました。彼が亡くなってから7年後の1623年に劇団仲間の友人のジョン・ヘミングス(John Heminges:1566-1630) とヘンリー・コンデル(Henry Condell: 1576-1627)の編集によって、出版されたシェークスピアの最初の戯曲全集(36作品を含む)は、ファースト・フォリオ(First Folio: 最初の2つ折りの本)と呼ばれ、イギリスの文学史上最も重要な書物と言われています。この全集が出版されなければ、『マクベス』や『十二夜』といった作品は世に知られることがなかったともいわれており、シェークスピアの友人たちが編集して出版した功績も忘れてはならないものだと思います。その後もセコンド・フォリオ(Second Folio) が、1632年に、サード・フォリオ(Third Folio)が1663年に、そして, フォース・フォリオ(Fourth Folio)が1685年に出版されました。こうしたフォリオを含めシェークスピアの原稿や写本、当時のイギリスのルネッサンス文学関係の本や資料においては、このライブラリーが収蔵する量は世界一と言われています。

 

このライブラリーのコレクションの概要は、こちらのサイトから見ることができます。https://www.folger.edu/research/about-our-collections/

 

このフォルジャー・シェークスピア・ライブラリーのリーデイング・ルーム(閲覧室)の様子は、閲覧中は撮影は禁止されているため、ここで写真をご紹介できないのですが、このライブラリーが、ユーチューブで正式に紹介しているプログラムがありますので、それをご覧いただければと思います。この動画の3分21秒目から5分52秒目までがリーデイング・ルーム(閲覧室)の紹介となっています。Fly through the Folger Shakespeare Library:https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=WFbjxpq1jwM

 

このライブラリーのコレクションの中にはオンライン上で見たり、ダウンロードできるものもあります。それらの中には、日本語のものもあります。下記は1903年(明治36年)2月11日に東京の明治座で『オセロ』が上演されたときの芝居のチラシです。それまでの旧劇(歌舞伎)とは異なった新派劇を担った川上音二郎(1964-1911)が、その上演を担い、以後、『ハムレット』や『ベニスの商人』なども上演し、近代演劇を日本に定着させていきました。

 

[Poster or playbill for performance of Othello, February 11th, Meija 36th year, i.e.1903] [graphic] Digital image file name: 1303. ART File P857 no.11. [Tokyo, Japan] : [Meiji-za Theatre], [1903] Folger Shakespeare Library, Washington, DC: https://digitalcollections.folger.edu/img1303

 

上の資料に関連して、このライブラリーの展示の中に、以下の写真を見つけました。

1905年(明治38年)に川上音二郎らの劇団が、日本で上演した『ハムレット』の写真で、役者達が着物で演じたものと、西洋の服を着て演じたものがあったことがわかります。また、女性が一人で映っているのは、川上音二郎の妻で女優の川上貞奴(さだやっこ)です。

 

“And his hair disheveled.” 1905. Kawakami Otojiro )1864-1911) was well-known Japanese actor and comedian whose acting troupe performed in Japan and toured Europe and the US later in his career, his cm[any became interested in performing Western plays in Japan. In their 1905 production of Hamlet, Kawakami Otojiro himself-pictured here-played the ghost of Hamlet’s father. Shakespeare in Japan, “Hamlet” and “Othello” according to the Japanese. ART Flat a 14 no. 09 PHOTO.

 

リーデイング・ルームで請求して見ることができた日本語の資料もありました。

 


Playbill from Okuma Memorial Hall, Tokyo, Japan, 1954.  Waseda Daigaku. Ōkuma Kinen Kōdō, issuing body. Playbill from the Okuma Memorial Hall for November 12-14, 1954. Advertises a production of Shōyō Tsubouchi's translation of Shakespeare's Comedy of errors, performed by the theater company Kindai Gekijo under the direction of Chōji Kato. (Kindai Gekijo had previously performed Tsubouchi's translation of Comedy of errors at Okuma Hall in 1951 (cf. Milward in Comedy of errors: critical essays).)  BILL Box Z5 T7oh 1954 item 1-3. Folger Shakespeare Library, Washington, DC: https://catalog.folger.edu/record/354470?ln=en

 

太平洋戦争が終結してから9年、日本は戦後からの復興を遂げつつあった時代であったと思いますが、多くの人々がこうした演劇を渇望していたと思いますし、上演する劇団の熱い思いも伝わってくるような感じです。この時の演目は、『間違い続き』(『間違い喜劇』とも呼ばれる)というシェークスピアの初期の作品で、ある商人の妻と彼らの双子の兄弟と彼らに仕える双子の兄弟が、難破船により離れ離れになってしまったところからいろいろな騒動が起こるという喜劇でした。このポスターの裏には、「日本テレビの中継」があると書かれています。1953年にNHKと日本テレビがテレビ放映を開始しましたが、そのころは、また国民の大多数がテレビを持っていませんでした。1964年の東京オリンピック開催のころにテレビの普及率は90%になったと言われているので、1954年の時点ではまだほとんどの人々がテレビを見ることができなかったと思いますが、こうしたテレビの普及の観点から見てもとても興味深いと思いました。

 

リーデイング・ルームには、シェークスピアの全作品が読める本やそれに関連するアートや建築、またいろいろな辞書や英語学関係の本などたくさんの本が開架書庫としてあるので、あらためて、本や資料の請求をしなくても、そうした開架書庫の本を手に取って自由に読むこともできます。時間があったら、この素敵なライブラリーに通ってシェークスピアの全作品を読みたいと思いました。開架書庫ではないのですが、近代以降の日本語のシェークスピア研究書もたくさんあるのでそうしたものもいつかじっくり読みたいと思っています。

 

このライブラリーには、シェークスピア関係や本の歴史に関する展示もあります。下の左の写真は、1623年に出版されたファースト・フォリオ(第1期出版の二つ折り本)の写真です。このファースト・フォリオは、このライブラリーのサイトでデジタル化されており、912ページのすべてを読むことができます。Read a Shakespeare First Folio:https://www.folger.edu/explore/shakespeare-in-print/first-folio/bookreader-68/ 

 

また左の写真は、このファースト・フォリオがどのような印刷機で印刷されたのかを語る当時の印刷機の模型です。この印刷機の使い方については、このライブラリーのサイトに掲載されているので、ご覧いただければと思います。(A Printing Press Brings History to Life:https://www.folger.edu/blogs/folger-story/a-printing-press-brings-history-to-life/

 


Left: Mr. VVilliam Shakespeares comedies, histories, & tragedies : published according to the true originall copies. 1623. Call No. STC 22273 Fo.1 no.68. Folger Shakespeare Library, Washinton, DC. 

https://catalog.folger.edu/record/78903?_ga=2.31230143.1484272461.1728840495-1390104131.1725294672

 

Right: An early printing press is showing how the First Folio of Shakespeare was created four centuries ago. 

 

シェークスピア関連の展示とは別に、印刷、出版の歴史に関する展示もありました。紀元前のエジプトのパピルスの『死者の書』からはじまり、13世紀以降から、20世紀にいたるまで 聖書、仏典、コーランを含めての宗教関係だけでなく、文学や科学、また当時の社会問題などを含めて様々な分野においての本が出版され、人々に影響を与えてきた書物の出版の軌跡がわかるようになっていてとても興味深いものでした。下の4枚はそれらの一部の写真です。上段左は、1490年のカトリックの祈祷書(ミサ典書)で当時は毎日使われていたものなので、消耗度も高く、現在までこうして残っているようなものは極めて稀なものです。左はフランス国王ルイ14世の命令によってヨーロッパの技術で1637年に出版された中国の慣習や儒教についてまとめた本で表紙が絹の刺繍でおおわれており豪華な印象です。下段左は、イタリアの天文学者のガリレオ・ガリレイが1632年に出版した、『天文対話』と呼ばれる本です。発行してからカソリック教会から異端視され、1835年まで禁書目録に入れられた本でもありました。右は、1400年のチベットの仏典です。

 


Right: Medieval Illuminated Missal. Even though printing became popular in Europe, for many decades important books continued to be produced by hand, copied page by page and illustrated with miniature paintings. This richly illustrated manuscript is Missal-the prayer book containing the prayers, important chants, responses, and instructions for the celebration of the Mass in the Roman Catholic Church. Medieval manuscript Missals are not rare, most likely because daily use caused most copies to wear out. 1490. Manuscript. Vellum.

 

Left: The Works of Confucius. This is the first European printing of the works of the Chinese philosopher and teacher Confucius. The stunning hand-embroidered silk binging you see was commissioned to communicate the importance of this volume. It was published at the order of Louice XIV to whom the work is dedicated. In addition to the three works of Confucious (The Analects of Confucius, The Great Learning, and the Doctrine of the Mean), this volume contains a summary of the theology, history and customs of the Chinese, a life of Confucious, and a chronology and genealogy of Chines dynasties. 1687. First European Printing. Embroidered Silk Binding. 

 


Left:Galileo Galilei’s Dialogo. Galileo looked beyond the earth with a telescope and began to unlock the architecture of the  universe. This copy of his celebrated defense of the Copernican view of the solar system belonged to Galileo himself. He presented it as a gift to Giovannie Battista Baliani, an Italian mathematician, physicist, and astronomer who a book presenting some of Galileo’s most important conclusions as his own. The trances of this relationship and the moment in time are recorded in the words Galileo wrote on the title page. 1632. First edition. Association copy.

 

Right: Tibetan Buddhist Block-Printed Scroll. These Tibetan Buddhist recitation payer texts were block printed using inked letterforms and pressure-a practice that predated which was more common in Aisa than Europe at the time. The accordion. This document was likely created in China during the early Ming period when close relations were established between Tibetan monks and the Chines imperial court. 1400. Early printing. Early paper. 

 

シェークスピアのファースト・フォリオが、出版された1623年を含め1620年代はヨーロッパ各地で様々な本が出版されていました。下の左の写真は、イタリアのローマやベニスで出版された本であり、その中には、1626年に発行されたマルコ・ポーロの本もありました。日本では『東方見聞録』としてよく知られていますが、この本のタイトルは『世界の驚異』といったタイトルのようです。

 


Left: Vault shelf. Top shelf: Italian books printed in ROME during the 1920s. Rome was one of the first locations in Italy to adopt printing and continued to gain in importance s the trade flourished. Middle shelf: Books printed in the 1620s in VENICE. Although during the earliest centuries of printing Venice was one of the producers of books anywhere in Europe, in 17th century, it had begun to decline in prominence. Despite this, many printed books continued to be made and distributed in the port city. Bottom of shelf: Italian books including Marco Polo, a small book of plays, a courtesy of the virtue, and one titled The Machines: a new volume and of much artifice to make marvelous effects.

 

Right: Marco Polo venetiano, delle merauiglie del mondo per lui vedute : del costume di varij paesi, & dello stranio viuer di quelli, della descrittione de diuersi animali, del trouar dell'oro, & dell'argento, delle pietre preciose : cosa non meno vtile, che bella.( Travels of Marco Polo. Italian) 1626. Call No.  224- 070q. Accession No. 224070

 

フォルジャー・シェークスピア・ライブラリーの魅力は簡単に紹介することができないほど幅広くまた深いものであり、私自身もまだ学び始めたばかりでありますが、個人的な興味でも研究でも、多くの方々に、是非訪れていただきたいライブラリーだと思います。(YNM)