リーフレットに見る米軍の心理作戦の一例

第2次世界大戦中の心理作戦の手段の一つとして、大量のリーフレットが作成され、各戦闘地に散布されました。米国を中心とした連合軍側もドイツ、イタリア、日本の枢軸国側も双方で作成したようですが、米国公文書館には主に連合国側の主力である米軍が作成したものが様々なレコードグループにまたがって存在しています。ドイツ兵、イタリア兵と比べると日本兵の場合は、最後まで戦い、また自決を厭わないために、連合軍側の捕虜となる確率はきわめて低いものでした。なので連合軍側も各地の戦闘では死傷者を出し続けてしまうという現実がありました。そうした状況に対して、各地の戦闘はもちろん続行する形で進むのですが、一方では、各地の日本兵の戦意を挫くことで、各地の戦闘を終結させようとする努力もしていたことも伺われます。

 

日本兵に対しては、リーフレットを通じて、米軍の捕虜になることを恥とするのではなく、連合軍側に投降し、捕虜となって生き延びることで、戦後の日本に貢献することができるということを語っているものが多々あります。

 

米国太平洋艦隊司令部及び太平洋地域司令部(US Pacific Fleet and Pacific Ocean Area )による心理作戦関係の資料の1944年8月の”Psychological Warfare Part 1 “ (RG165 Entry MN84-79Box 518)の中には、日本兵向けのリーフレットの作成にあたっての重要点が提示されています。まずは、武士道の精神の影に隠れたもっと根源的な人間の素直な気持ちとしての、望郷の思い、また、かつての普段の生活にあった風呂、よい食事や酒を懐かしむ気持ちに訴えることが重要であることが指摘されています。また、書道や達筆な文字での和歌や詩を使って印象的なものにすることや戦闘の中でもろくなっている日本兵の身体と感情に訴えるように絵や図案を使うことも重要であるとされています。さらには、疲労困憊し、餓え、負傷している兵士にとっては一刻も早く休息と十分な食料と手当てが必要であるからこそ、それらのニーズに訴えるような形にして、日本兵が持っているとされる伝統的な武士道精神に対抗することといったことも重要であるとしています。その他に、自己の破壊でなく戦後の日本や家族のために生き延びることを強調すること、降参や降伏、または捕虜や俘虜といった言葉を避けあくまで日本兵の面目を立てるために名誉という言葉を強調すること、また、日本の指導者の嘘に言及すること、さらには一般兵士と将校、陸軍と海軍、日本の人々と在日コリアンの人々、一般市民と軍隊といったぞれそれの間で意見の相違や摩擦を生じさせることにも言及しています。 最後には、米軍は法を遵守する権威があり、法を尊重するものであること、さらに米国の圧倒的な軍事力と産業力を強調することといったことも重要であるとし、米軍は日本をよく研究した上でこうした戦略を立てているのだということがわかります。

 

Leaflet, Father and Son, December1944. RG 208 Office of War Information Overseas Brach Burma. Overseas Intelligence Central Files 1941-1945 Asia. Entry 370, Box 370. National Archives at College Park, College Park, MD.

 

また、日露戦争のときの話を用いて、日本兵が生き延びてその後の日本社会に貢献していくべきだということを説いているリーフレットがありました。

Leaflet No. 812. RG165 War Department General and Special Staffs. Security Classified Intelligence Reference Publication(P File) 1940-1945. Entry NM-84-79, Box No. 503. National Archives at College Park, College Park, MD.

 

他にも日露戦争時の東郷平八郎や乃木希典、また平安時代の菅原道真などといった歴史上の人物を用いながら、前途有望な若者は命を粗末にすることなく母国のために生きるべきだと強調したリーフレットがありました。戦争当時の軍国主義の中で強調された日本の歴史観や価値観に対して、米軍側がそうした歴史的人物を題材にしながらも、精神的な部分でも対抗し、日本兵の意識に影響力を与えようとしていたことは非常に興味深いと思います。(YN)